餅のカビ

餅を食う習慣

正月の雑煮に餅は欠かせないが、いつの頃から日本で正月に雑煮を祝うようになったかというと、これがよくわからない。

一説には中世の頃の烹雑(ほうぞうーニマゼ)の転化だという。つまりごった煮のことである。

柳田国男説では、神祭がすんだあと、御供物(ごくもつ)をいただく直会(なおらい)が正月の雑煮の原型であり、九州にはいまも雑煮を直会というところがあるという。

よけいなことであるが、餅という字は中国では小麦粉をこねて作ったものをいうので、日本のモチとはちがう。

日本のモチは糯米(もちごめ)の飯であることから糯飯(もちい)、または物事の仲を取り持つ意味の持飯(もちい)とか、望飯(もちい)、あるいはもち{鳥を捕らえるのに用いる取りもちの意}のようにねばつくところからモチと称したという説がある。

『源氏物語』初音の巻の冒頭に、源氏廷内の正月が、「衣裳の着こなしもよく、身嗜(みだしな)みのよいお側仕えの女房たちが、近江の国から取り寄せた鏡餅を飾り、ここかしこに寄り合って、歯固めのお祝いをしている」情景として描かれているのも、おくゆかしい。

歯固めの餅で縁起を祝う風習は歴史的にも古くからあったようで、小形の餅を噛んだこの風習が、あるいは雑煮の餅になったのかも知れない。

 

いずれにしても、日本の餅は古くから祝い事には欠かせぬ”ハレの日の食べ物”であった。

ところで、餅にはカビがつきものである。そもそもカビは、適度の栄養と水分と温度があればどこにでも生育する生命力をもっている。

微生物の生育に適した水分をaw値で示すと、一般細菌では0.90、酵母で0.98、カビだと0.80(好乾性のカビでは0.65)とされている。

aw値が低いほど、低湿度での生育の可能性を示すから、したがって蒸して搗くことによってでん粉がアルファ化され、適度な水分を含んでいる餅は、カビにとっては格好の生育培地となる。

ここにあげたaw値とは、食物に含まれる水分の中で、微生物によって利用されうる水分活性量を示す。

ちょっと見て水分が多いようでも、ジャムや羊羹などは砂糖によって、あるいは漬け物、塩魚などは食塩によって水分が補足されてしまう。

だから見かけ上の水分に比べるとaw値は低くなり、微生物の成育が難しくなる。・・・・・

 

カビ毒の発見

昔から餅のカビは食べても毒にならないといわれている。

これは本当なのだろうか。

試みにカビの生えた餅を食べてみる。

そんなにたくさん食べられないから適当な量を食べてみる。

しかし別に下痢も腹痛も、あるいは頭痛も発熱もおこらないし、まして死に至る病などおこりようもない。

だから。本当に餅のカビは毒にならないのかというと、これがそう単純にはいい切れないところから話は複雑になる。・・・・・・

一番の問題は、やはりカビ毒の摂取による発ガンであった。

私たちはカビだらけになった食物をそう好きこのんでたくさん食べたりはしない。

だから、ごく少量の発ガン物質を、気づかずに長期間にわたって摂取し続けたときの障害が恐ろしいのである。・・・・・

もちろん餅だけが例外ということはありえず、やはりステリグマトシスチンを生産するカビを含めたいろいろなカビが生えることが報告された。

水餅にしたり、カキ餅やあられをつくったり、あるいは凍餅を作ったりした私たちの先祖の知恵は、やはりカビを防ぐためのものであったし、冷蔵庫に保存するとか、アルコールを噴霧してパックするとかの新しい工夫も取り入れて、なんとかしてせっかくのハレの日の食べ物である餅をカビから防ぎたいものである。

具合の悪いことに、多くのカビ毒は熱に強くて、いったんつくられたらなかなか分解されないときているのだから。

 

山崎幹夫著 毒の話 中公新書ー